坂本龍馬 司馬遼太郎

司馬遼太郎の「還暦おめでとう」

 
高知の桂浜に立つ坂本龍馬像、あの銅像が建って60年を祝う式典の時に、司馬遼太郎が「還暦おめでとう」という文を書きました。坂本龍馬記念館に直筆の屏風が展示されています。社会人2年目のときに行って見て、涙が止まらず、全てメモってきました。
 
司馬遼太郎がなぜ「竜馬がゆく」を書いたのかが垣間見えるのと同時に、坂本龍馬から私たちへのメッセージが聴こえてくるような、超名文です。
 
 
 
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銅像の龍馬さん、おめでとう。
 
あなたは、この場所を気に入っておられるようですね。
私もここが大好きです。
世界じゅうで、あなたが立つ場所は
ここしかないのではないかと、
私はここに来るたびに思うのです。
 
あなたもご存知のように、銅像という芸術様式は、
ヨーロッパで興って完成しました。
銅像の出来具合以上に、銅像がおかれる空間が大切なのです。
その点日本の銅像は、ほとんどが、所を得ていないのです。
 
昭和初年、あなたの後輩たちは、あなたを誘って(いざなって)、
この桂浜の厳頭に案内してきました。
 
この地が空間として美しいだけでなく、
風景そのものがあなたの精神をことごとく象徴しています。
 
大きく弓なりに白い線をえがく桂浜の砂は、
あなたの清らかさをあらわしています。
この岬は、地球の骨でできあがっているのですが、
あなたの動かざる志をあらわしています。
さらに絶えまなく岸うつ波の音は、
すぐれた音楽のように律動的だったあなたの精神の調べを
物語るかのようです。そしてよくいわれるように、
大きくひらかれた水平線は、あなたのかぎりない大きさを、
私どもに教えてくれているのです。
 
 
「遠くを見よ」
 
 
あなたの生涯は、無言に、私どもに、
そのことを教えてくれました。
いまもそのことを諭すがのように、
あなたはびょうぼうたる水のかなたと、
雲の色をながめているのです。
 
あなたをここで仰ぐとき、
志半ばで斃れたあなたを、無限に悲しみます。
 
あなたがここではじめて立ったとき、
あなたの生前を知っていた老婦人が、
高知の町から一里の道を歩いてあなたのそばまできて
「これは龍馬さんぢゃ」
とつぶやいたといいます。
彼女は、まぎれもないあなたを、もう一度見たのでした。
 
私は三十年前、ここに来て、はじめてあなたに会ったとき
名状しがたい悲しみに襲われました。そのときすでに、
私は文章を通して、精神の肉声を知っていましただけに、
そこにあなたが立ちあらわれたような思いをもちました。
 
「全霊をあげて、あなたの心を書く」
 
と、そのときつぶやいたことを、
私はきのうのように憶えています。
 
それより少し前、
まだ中国との間に国交がひらかれていなかった時期、
中国の代表団がここにきたそうですね。
 
十九世紀以来の中国は、
ほとんど国の体をなさないほどに混乱し、
各国から食いあらされて、死体のようになっていました。
その中国をみずから救うには。
風圧のつよい思想が必要だったのです。
 
自国の文明について自信のつよい中国人は、
そういう借り衣で満足していたはずはないのですが、
ともかくもその思想でもって、中国人は、
みずからの国を滅亡から救いだしました。
ですから、この場所であなたに会ったひとびとは、
そういう歴史の水と火をくぐってきたひとだったのでしょう。
 
そのなかの一人の女性代表が、
あなたを仰いで泣いたといわれています。
その女性代表はあなたについて多くを知っているはずはないのですが、
あなたの風貌と容姿をみて、あなたのすべてと、あなたの志、
さらには人の生涯の尊さというものがわかったのです。
 
殷という中国におけるはるかな古代、殷のひとびとの信仰の中に、
旅人の死を傷む風習があったといわれています。
旅人はいずれの場合でも行き先という目的を持ったひとびとです。
死せる旅人はそこへゆくこともなく、
地上に心を残したひとであります。
 
ふつう、旅人の目的は、その人個人の目的でしかありませんが、
それでも、かれらは、残念、念を残すのです。
 
あなたの目的は、あなた個人のものでもなく、
私ども日本人、もしくはアジア人、さらにいえば
人類のたれもに、共通する志というものでした。
 
あなたは、そういう私どものために、志をもちました。
そして、途半ばにして天に昇ったのです。
その無念さが、
あなたの大きさに覆われている私どもの心を打ち、
かつ慄えさせ、そしてここに立たせるのです。
さらに私どもがここに立つもう一つのわけは、
あなたを悼むとともに、あなたが、
世界中の青春を鼓舞しつづけていることに、
よろこびをおぼえるからでもあります。
 
 
「志を持て」
 
 
たとえ中道で斃れようとも、
志をもつことがいかにすばらしいかを、
あなたは、世界じゅうの若者に、
ここに立ちつづけることによって、
無言で諭しつづけているのです。
 
きょうここに集った人々は、
百年後にはもう地上にいないでしょう。
あなただけはここにいます。
百年後の青春たちへも、どうかよろしく、というのが、
今日ここに集っているひとびとの願いなのです。
私の願いでもあります。
 
最後にささやかなことを祈ります。
この場所のことです。
あなたをとりまく桂浜の松も、
松をわたる松籟(しょうらい)の音も
あるいは岸打つ波の音も、
人類とともに永遠でありますことを。
 



 
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