理想と理想じゃないのシーソーゲーム

理想と理想じゃないのシーソーゲーム

 

叶うストーリーと叶わないストーリー

    全ての選手が「この試合ではこうしたい」というストーリーを持ってピッチに立つ。
     
     
    ドリブルするのかパスを出すのか、こうしたらうまくいくはずというストーリーを実現しようと、蹴る、走る。前に向かって。目的を達するために。
     
     
    練習してきたし、イメージしたストーリーを実現する力はあるが、別の目的を達せようとする相手がいて、拒んだりこちらに影響を与えてくる。叶わないストーリーが出てくる。
     
     
    それでも、沢山の個人のストーリーの集まりが理想的に叶ったときをゴールといい、それを奇跡の瞬間と言う。
    思い通りの結果だったら「イメージ通りだった」と言い、負けたりしたら「(練習や戦術が)間違っていた」と言う。
     
     
    国民(第三者)の描いた理想のストーリーに応えられなかったとき「期待に応えられなくて申し訳ない」と言い、理想のストーリーを描けて賞賛を受けるとき「応援してくれた国民の皆様のおかげです」と言う。
     
     
    観客は、ミスした選手を見て「なんでそんな簡単なことでミスるんだよ!」と憤慨する。あたかも、何てことないことを失敗した自分を責めるかのように。
    ゴールを決めた選手を見て「自分の出来ない奇跡を成し遂げた!」と熱狂する。自分が何かを成し遂げたときのことを思い出したりこれからのことを想像したりして。
     
     
    サッカーって勝ち負けを競ってるだけじゃなくて「叶ったストーリー」と「叶わなかったストーリー」の紡ぎ合いなんだなあ。
     
    人生の縮図かのように。
     
     
     
    だから世界中が夢中になるんだな。

 

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